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2008.04.16 Wednesday 22:53
年功序列とは違う新しい価値観の時代はやってくるのでしょうか?
JUGEMテーマ:学問・学校 今年も4月になり新年度がスタートしたわけですが、私も社会人として無事に(?)10年目の年度を迎えました。新しいスーツに身を包んだ新社会人の姿を見ると微笑ましく思ってしまうところに月日の経過を感じずにいられません。 新社会人としての私は社会の何も分かっておらず、あらゆることが新鮮であり、それはすなわちあらゆることが疑問や悩みの種だったのです。会社組織内の文化であったり、あるいは企業間取引のいわゆる商習慣であったり、もちろんそれらの中には悪いものだけではなく善いものもあるのですが、悪い部分が自分にとっては衝撃的で、これが社会の現実なのかと嘆きました。一方で、社会の一員になれたような嬉しい気持ちも少しはありましたし、疑問点も割り切って仕事するという状況でした。それでもそんなことをこれから何十年と続けると思うと鬱々とした気分になったものです。 それは単なるワガママではないか、みんな我慢してやってるんだぞという声もあるかもしれませんが、その葛藤によるストレスで心を病む人もいます。それはなんとかして回避しなければなりません。ですが、実際に回避するのはある意味勇気のいることです。それにそうやって自分を貫いていくことがマイノリティであり、ある種のドロップアウトであるという思いから、長年、この自分の価値観や性格に対してネガティブな評価をわずかながらに抱いていました。 しかしこの『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』という本には同じような考え方をもった人物が何人も紹介されています。この本は以前このblogでも取り上げたことのある『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の続編とも言うべきものですが、その考え方こそ「昭和的価値観」とは異なる「平成的価値観」であると著者は述べています。 組織には染まらないで自己を確立する生き方……今はマイノリティだけれども今後は主流となっていくのかもしれません。あるいは隠れているだけで20〜30代の人間にとっては既にマイノリティではないのかもしれません。そう思うと決して自分の価値観や性格は捨てたものではないなと自信と勇気が湧いてきました。 本書は毎日の職場と自宅の往復に嫌気がさしている人には是非読んでいただきたいと思いますが、この春就職活動を開始して違和感を覚え始めた人や、まさにこの春に新社会人となって期待と現実のギャップにガッカリしている人にも是非読んでいただきたいです。明るい将来に向かって歩むヒントになるはずですよ。 ---------- 書名:3年で辞めた若者はどこへ行ったのか 副題:アウトサイダーの時代 著者:城 繁幸 発行:筑摩書房/2008年3月10日 ISBN:978-4-480-06414-1 2007.12.06 Thursday 22:27
誰のためにドキュメントを作っていますか?
前回はドキュメント作成に関する書籍を紹介しましたが、関連する話題を一つ。
これは私だけかもしれませんが、私がまだ駆け出しの頃、SEあるいはPGとしての経験を積んでいってドキュメントのスキルレベルが上がるにつれて、ドキュメントはこうやって作るんだ…という意識から、ドキュメントはこうでなければいけないんだ…という意識に変化していきました。 するとプロジェクトの規模の大小に関わらず、がっちりとしたドキュメントを作成してしまう。融通が利かないというか、ドキュメント作成が一つの工程のようなものであり、それが目的になってしまったんですね。するとどうなるか。段々ドキュメントの作成コストの割合が大きくなっていきます。それだけではなく、修正などのメンテナンスコストもバカになりません。これでは本末転倒、いったい何のためにドキュメントを作成するのか分からない。それで悶々としていた時期がありました。 今ではもっと柔軟に、目的に適(かな)ったレベルのドキュメントを作成するように心がけています。システム開発で言えば、例えば内部設計書はもはや作っていません。それはたまたまアジャイルな開発を(いわゆる「アジャイル手法」を用いているという意味ではなく)行っているからかもしれませんが、単に設計思想が伝わるような挿絵やテーブル定義書を中心に、必要なものを追加するようにしています。 プログラムに限って言えばやはりソースコードが一番正確なので(ソースコードがバグっているということは往々にしてありますが、そういう意味ではなく)、ソースコードを読む手がかりになるものをいくつか作成すれば充分だと思います。むしろ実際のソースコードと相違のある詳細設計書の方が大切な時間と気力を奪われるという意味で有害であるとさえ思います。 それはソース中のコメントにも言えますね。大抵のソースコードは読めば分かる。だからちょっと奇抜な、セオリーから外れるパターンとか、結果的に複雑になってしまった場合に『何故、そんなコードを書いたのか』という点をコメントとして残しておいてくれると後から理解するのに役立ちます。(ただし、残すのはあくまでも「根拠」であって「言い訳」ではありませんよ) 話が逸れてしまいました。ドキュメントは体裁とか抜け漏れなく作ることも大切であることは言うまでもないのですが、ただ作れば良いというのではありません。(実際、検収を通すために作らざるを得ないのかもしれませんが、そういう場合でさえも)きちんと目的を捉えて、その目的を果たす――つまりドキュメントとして機能させることを第一に考えていきたいものです。
2007.11.18 Sunday 00:39
これでドキュメント作成の悩みがスッキリしました!
ドキュメントの重要性について聞かされる割にはドキュメントの作成方法については教わることがなく、きっとその辺りに原因があるような気がします。 それでも会社員時代は先輩や上司がサンプルを下さったりレビューしていただいたことで、なるほど設計書とは、報告書とは、手順書とは、議事録とはこういう風に書くのかということを学ばせていただきました。しかし、どことなく自信がない。ドキュメントの種類ごとの方式は確立しつつあっても、体系だったノウハウがないんですね。 ある意味このまま自己流で…と開き直っていたところもあるのですが、たまたまドキュメント作成についての講演を聴く機会に恵まれました。ご本人の製品マニュアルのテクニカルライターとしての経験を踏まえたお話は大変分かりやすく、まさに目からウロコ。本書はその時の講演者が、その講演の内容をベースに手引書としてまとめたものです。 内容は「そもそも」の話から、ちょっとしたテクニックまで、それも、組織やチームで共有できればそれに越したことはないが、個人レベルでもすぐに実践できるアドバイスまで盛り込まれています。例えば、「100点ではなく70点を目指す」「『管理する』『推進する』など意味のあいまいな言葉を使わない」「書けるところから書く」「同じ意味のことは同じ言葉で、違う意味のことは違う言葉で書く」といったものです。 しかし、本書を読み進めていくと、ただの文章構成の手引書ではないなという感じがしてきます。例えば、常に目的と読み手を意識して、探しやすく・読みやすく・分かりやすく構成していくといった様子は、どこかアプリケーションのユーザインタフェースの設計にもつながるところがあります。ドキュメントの企画からリリースに至る過程もまるでシステム開発の工程のようで、『ものづくり』という営みの本質を見たような気がしました。 何事にも目標を持つということは大切なことですが、ドキュメントも例外ではないんですね。ゴールを設定するという段階を踏むことで、ますますドキュメントが活き活きしてくる。「書かない技術」とあるのは、しっかり目的を持ってドキュメントを作りなさいというアドバイスではないかと思います。誰も使わないものまで作る必要はないというわけです。 本書は業務でドキュメントを作成するすべての方、特にIT業界の最前線で今活躍しているあるいはこれから活躍しようとしているSE、PGの方々に是非手元に置いていただきたい一冊です。 ---------- 書名:ドキュメントハックス ―書かない技術 副題:ムダな文書を作り方からカイゼンする 著者:石黒 由紀 発行:毎日コミュニケーションズ/2007年9月1日 ISBN:4-839-92428-7 2007.11.08 Thursday 23:12
「わたしと仕事、どっちが大事?」
私は高校生から大学生にかけての頃、論理学に大変興味を持ちました。今でこそ数独に代表されるように論理パズルが流行っていますが、15年も前はそんなものに興じているのはまだ少数派でした。ニコリというパズル雑誌を買っては解き、高校の数学もほとんどパズル感覚で楽しんでいました。そういう背景もあって論理的思考には強くなったのかも知れません。だからあえて論理学を勉強し直そうと考えたことはなかったのですが、本書は男を刺激する台詞にどうしても引っかかってつい手にとってしまいました。 本書は思っていたより具体的で分かりやすいケーススタディとなっています。ある場面を想定して議論の展開の例を見せていますが、特に著者が弁護士であり、おそらく実際の法廷での体験を踏まえているのだと思います。それが本当に身近に感じて、「あるある」と頷きながら短時間で読んでしまいました。実例も法廷だけでなく日常生活で十分応用できるレベルです。議論の例として聖書を引用している点も個人的に親しみが持てました。 日常の議論において、また、街角で勧誘に遭ったときなど、相手のペースに乗らないようにしたり、逆に相手を説得せざるを得ない状況では効果を発揮すると思います。ただ注意しなければいけないと思ったのは、これらのテクニックは効果的なだけに、使いどころを誤ると人間関係を壊しかねないな…ということです。いくら論理的に破綻していたとしても相手は生身の人間ですから、最低限、愛をもって接する必要がありますし、そうしていきたいと感じました。 ちなみに、「わたしと仕事、どっちが大事?」と訊かれたら迷わず「キミだ」と答えるよう薦めていました。男女関係は論理の世界ではなく感情の世界なんですね。 ---------- 書名:「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか 副題:弁護士が教える論理的な話し方の技術 著者:谷原 誠 発行:あさ出版/2006年8月28日 ISBN:4-86063-169-2 2007.09.16 Sunday 23:43
人間本来の温かさに触れてみませんか? 〜ダイアログ・イン・ザ・ダーク 2007 東京〜
先日、メディアでも話題の「ダイアログ・イン・ザ・ダーク 2007 東京」という暗闇アートを体験してきました。「体験してきました」と書いたように、アートというよりはワークショップみたいな感じです。
まだ体験していない方のために中で何が行われるかについては触れませんが、純粋にとても楽しかったです。あの自分がこんな振る舞いも出来るんだ…という発見。見ず知らずの人たちと協力し合って暗闇の中で時間と空間を共有し、気がつけば暗闇の中で冗談を言って笑い合っている。それが夢ではなくて現実に起こっているのです。 目を開けていても閉じていても同じ…参加者の何人かがそんな感想を漏らしていました。何も見えないという現実。でも進んでいかなければならない。杖を渡されるのですが、見えないからぶつかる。ぶつかるから謝る。でも相手も見えないから赦してもらえる。誰かからぶつかられても赦してしまう。お互い相手を責めることはしないんです。 暗い中、段差や障害物について、声を掛け合って仲間が危ない目に遭わないようにする。そして目標を見失ってしまったら声を発して助けを求める。すると分かっている人が声を掛けてくれる。さっきまで他人同士だったのが信じられないくらいの関係が築かれていきました。 本来、人間関係ってこういうものなんだろうと思います。誰かに助けてもらわなければ生きていくことが出来ない。なのに、目が見えることで傲慢になってしまい、他人に対して心を閉ざしてしまっているんです。でも、目が見えない――すなわち人の助けを借りなければならない――ことによって、お互いがとても素直になれるのだと思います。第一恥ずかしいことが何も無い。人目を気にする必要もないんですね。 そして、すごく切なかったのは、一連のプログラムを終えて明るい空間に出た時、現実に引き戻されたという感覚を持ってしまった事です。つまり、見えることによって人目を気にする感覚が出てくる。一緒に暗闇にいた人たちに対して、暗闇にいた時のように声を掛けることが出来ない、素直になれない自分に気付かされたんです。 すごく複雑な心境ですが、この体験を通して、自分のことをもう一度見つめなおそうと思いました。興味を持った方は是非チャレンジしてみてください。損はしないはずです。 ---------- 赤坂メディアアート展 【ダイアログ・イン・ザ・ダーク 2007 東京】 学校の放課後〜冒険編〜 http://www.dialoginthedark.com/index.html |
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